書籍紹介「生殖医療はヒトを幸せにするか」 小林亜津子 著

生殖医療はヒトを幸せにするか
小林亜津子 著 ISBN978-4-334-03789-5

かって神の領域をおかす「不自然」な生命操作として、驚きと批判をもって迎えられた「体外受精」も今や「医療」として確立されポピュラーな生殖技術となっています。「試験管ベビー」と呼ばれたこの「体外受精」児の出生数は日本でも増え続け、2010年には年間2万8945人を数えるほどになりました(顕微授精も含む)。この年に日本で生まれた子どもの約37人に1人が「試験管ベビー」(体外受精児)ということになります。さらに、夫以外の男性の精子を使って「子ども」をつくる「人工授精」や、妻以外の女性の「お腹を借りる」代理母出産など、生殖をサポートする様々な技術(生殖補助医療=ART)が、私たちの前に姿を現しています。同じ技術はまた、子どもの「生命の選択」の幅を拡大しつつあります。

昨年から日本でも話題になっている「新型」着床前診断では、受精卵の段階で染色体異常を調べて「病気のない」「健康に育ちうる胚」のを「子ども」として選んで生むことが可能になります。このような生殖技術の進展は、私たちの伝統的な人間観や家族観、親子関係にどのような影響を与えるのでしょうか。それは「生みたい」女性(あるいは子どもがほしい男性)にとって「福音」なのでしょうか。それとも「不自然な欲望」をかき立てることで、彼らを予想もしなかった苦悩に直面させる新たなモラル・ジレンマの始まりでしょうか。また、このような「救済治療」はある意味、医療そのもの「根治治療」の限界を示しているという見方もできます。

しかし、本書で話される生殖医療は「救済治療」の1つでもある臓器移植の場合と異なり、必ずしも本人の生命が危険にさらされている訳ではないという特徴があります。さらに人工生殖によって生まれた「子ども」の複雑な思いを考えると、生殖技術を利用する当事者の「幸福追求権」や「自己決定権」だけでは済ますことができない倫理問題も1つの大きな特徴です。

21世紀に入り、医学そのものが大きな変貌を遂げつつあるなか、医療技術・生命操作と伝統的な人間観、価値観との間に生じる多くの難問について、私たち一人一人が、具体的な判断の枠組みを身に付けることが求められています。

本書は、そのための手掛かりの1つとなるでしょう。

2014年5月29日 9:13  カテゴリー:書籍紹介

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