書籍紹介「疲労とはなにか」近藤一博 著
「疲労とはなにか」
近藤一博 著 ISBN978-4-06-534385-2
前回に引き続き、今回は「病的疲労」です。
Ⅱ 病的疲労
病的疲労は生理的疲労とは異なり、脳内炎症が起こっています。代表的な疾患としては、慢性疲労症候群、うつ病、そして新型コロナ後遺症があります。
1.慢性疲労症候群
(1)強い疲労感が数ヶ月から数年といった長期間持続します。
(2)唾液中でHHV-6の再活性化がみられません。
(3)軽い労作(仕事や運動)やストレスのあと、数時間~48時間後に急激に強い倦怠感が発生します(労作後倦怠感)。
(4)原因はウイルスである可能性が高いが、どのウイルスが関係しているかはよくわかりません。
2.うつ病
(1)3大症状としては、「抑うつ気分」「喜びの消失」とともに「疲労感」があります。
(2)原因としては心因説、モノアミン仮説(セロトニン仮説)などもありますが、脳内炎症説が最有力です。
(3)著者らは、原因とみられる遺伝子「SITH-1」(シスワン)を発見しました。
(4)SITH-1は、HHV-6が宿主の嗅球のアストロサイトに潜伏感染しているときに発現します。
(5)素因であるSITH-1に環境因の疲労が加わると、SITH-1に対する抗体が細胞内カルシウムを増加させ、嗅球のアストロサイトにアポトーシスを起こし、うつ症状が生じます。
3.新型コロナ後遺症
(1)主な症状としては「倦怠感」「うつ症状」「ブレインフォグ」があります。
(2)脳内の炎症が原因と考えられます。
(3)新型コロナウイルスはヒトの脳では増殖しません。
(4)SITH-1に似たS1タンパク質(新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の一部)が、細胞内カルシウムを増加させ、嗅球でアポトーシスを起こし、脳内炎症が起こります。
(5)S1タンパク質が脳内炎症を起こすのは、アセチルコリンの不足による、コリン作動性抗炎症経路(いわば消火器)が阻害されるからです。
(6)さらに、新型コロナウイルスはHHV-6を再活性化し、SITH-1を発現します。
(7)これにより、嗅球の障害とアセチルコリンの低下が継続し、後遺症が長期化します。
(8)脳内炎症のもととなる火種は、体内からの炎症性サイトカインです。
(9)治療薬として臨床治験中のドネペジル(アリセプト)が期待されます。
「お疲れさま」の国で生まれたノーベル賞級の新研究!
うつ病も、新型コロナ後遺症も疲労とウイルスの問題だった!
2024年10月3日 9:08 カテゴリー:書籍紹介
書籍紹介「疲労とはなにか」近藤一博 著
「疲労とはなにか」
近藤一博 著 ISBN978-4-06-534385-2
疲労には、仕事や運動で発生して1日休めば回復するような「生理的疲労」と何カ月も続き、少々休んだくらいでは回復しない「病的疲労」があります。著者は、この両者ともウイルスに由来していると主張しています。なお、今回は「生理的疲労」を、次回で「病的疲労」を取り扱います。
Ⅰ 生理的疲労
疲れたという感覚が「疲労感」(休養の願望)で、その原因となる「体の障害や機能低下」が疲労です。それぞれのプロセスは以下の通りです。
1.疲労感と疲労
(1)疲労感
労働や運動などの負荷→eIF2α(真核生物翻訳開始因子)のリン酸化→タンパク質の合成阻害・HHV-6の再活性化→バイパス経路によるATF4タンパク質の合成→炎症性サイトカインの脳への伝達→疲労感
(2)疲労
バイパス経路によるATF4タンパク質の合成→ATF3タンパク質の合成→細胞のアポトーシス→疲労
2.疲労の測定
(1)HHV-6の特定
ヒトに感染するヘルペスウイルスの中で6番目に発見されたウイルス。ほぼすべての赤ちゃんが親や兄弟から感染し、突発性発疹(高熱)を起こしたあと、ほぼ100%体内で、一生涯、潜伏感染を続けます。
(2)再活性化
HHV-6はeIF2αのリン酸化によって再活性化し、他の宿主に移動するために唾液中を移動します。
(3)測定
放出されたHHV-6の量を測定することで疲労度が測定可能です。
3.疲労感の落とし穴
(1)ストレスが疲労感を抑制する
この見出しを見て違和感を覚える人は多いと思いますが、真相は以下の通りです。
・HPA軸(視床下部-下垂体-副腎)により産生される副腎皮質ホルモン(コルチゾール)は、炎症性サイトカインの産生を抑制するので「疲労感」を弱めます。
・これらの反応に並行して、視床下部は交感神経を刺激し、交感神経の末端や副腎髄質からアドレナリンやノルアドレナリンを放出し、「疲労感」を抑制します。
・しかし、この状態は、「疲労感」を抑制するだけで、「疲労」すなわちeIF2αのリン酸化による細胞障害は蓄積され、過労死などの原因となります。
・また、ストレス応答の「反応期」「抵抗期」につづく「疲憊期」ではHPA軸の細胞は疲れ、副腎皮質ホルモンが分泌されなくなり、炎症性サイトカイン濃度がさらに上昇します。
(2)ドリンク剤が疲労感を抑制する
・含有する抗酸化成分は酸化ストレスを抑制することが期待されます。
・マウスによる実験では、肝臓のeIF2αのリン酸化は抑制(炎症性サイトカインの抑制)され、脳は「疲れていない」と判断しました。
・しかし、肝臓以外の組織ではeIF2αのリン酸化は全く抑制されず、突然死を招く可能性があります(命の前借り)。
(3)疲労感のマスク
・疲労感は好きでやっているのか、嫌々やっているかが重要な要素となります。
・好きでやっていると「疲労感がマスク」されて、心身の疲労に気づかず無理をして心筋梗塞や脳卒中などで急死する危険性があります。
4.疲労回復の方法
生理的疲労のもとはeIF2αのリン酸化ですので、eIF2αをリン酸化させないのが最も根本的な方法になります。
(1)ビタミンB1の継続的摂取(不足すると回復力が低下)
豊富に含まれる食材は肉と小麦、より具体的には豚肉の赤身、うなぎ、たらこ、全粒粉パン、ごま、えんどう豆など。なお、飲酒量の多い人ほどビタミンB1は不足します。
(2)以下の栄養成分の摂取
・玄米に含まれるガンマ・オリザノール
・タマネギやリンゴに多く含まれるケルセチン
・マスやカツオの筋肉、鶏の胸肉に多いアンセリン
(3)軽い運動
エアロバイクを無理のないペースで毎日1時間程度こぐなどの軽い運動
5.生理的疲労が病的疲労に移行
(1)生理的疲労が過度に強くなると、病的疲労に移行することがあります。
(2)いずれの疲労かの判断は唾液中のHHV-6を測定して値が多ければ生理的疲労、少なければ病的疲労を疑うべきです。
2024年9月19日 9:03 カテゴリー:書籍紹介
書籍紹介「希望の分子生物学」黒田裕樹 著
「希望の分子生物学」
黒田裕樹 著 ISBN978-4-14-088709-7
分子生物学は単なる学問としての位置づけを超え、人間の生命や健康、さらには私たちの社会や未来に対する深い洞察を提供してくれます。
Ⅰ 驚異の21世紀生物学
1.iPS細胞をはじめとする幹細胞技術
幹細胞技術とは、特定の細胞の成長、分裂、分化を制御する技術で主に再生医療で使用されます。
(1)iPS細胞
一度分化した細胞も4つの転写因子である山中ファクターを作用させることによって、未文化な細胞に変換された多能性のある細胞
(2)UC-MSC(臍帯間葉系細胞)
臍帯(ヘソの緒)は出生すると必要なくなりますが、そこには幹細胞が多く含まれています。
2.遺伝子シーケンサー
細胞のDNAの塩基配列を読み取る機械。間もなく、10万円未満でヒトゲノムの読み取りが可能となります。
(1)サンガー法
数百塩基程度のDNAの塩基配列を読む場合に使用されます。
(2)次世代シーケンサー
一度に数百万~数十億のDNAシーケンスを読み取ることができます。
(3)第三世代シーケンサー
より長い遺伝遺伝子配列を直接、リアルタイムで読み取ることができます。
なお、シーケンスと遺伝子組換えをセットにして塩基配列を変えることで病気を治すことが可能となっています。
Ⅱ ヒトの住める地球環境を導く生物学
ヒトは生存のために立ちはだかる抜本的な問題を解決しようと努力しますが、その鍵は微生物が握っていると言えます。
1.人体に住む微生物(ヒトマイクロバイオーム)
腸内、口腔、皮膚などに100兆個以上の細菌が共生しています。
(1)プロバイオティクスとプレバイオティクス
適切な細菌を摂取したり、善玉菌の増殖を助ける食材を摂取する。
(2)フェカルマイクロバイオータ移植(FMT)
健康な人から取った腸内細菌(糞便)を病気の人の腸に移植する。
(3)脳腸相関
マイクロバイオームと脳の間には密接な関連性があるので、マイクロバイオームを変化させて精神疾患の症状を改善する。
2.植物とともにある微生物(植物マイクロバイオーム)
持続可能な農業のために、害虫駆除、病気の予防、光合成の補助、成長ホルモンの産出、窒素固定、栄養吸収力を高める目的のために細菌を利用する。さらに、遺伝子組換え細菌を共生して野菜を育てる。
3.燃料をつくる微生物
私たちが利用する石油や天然ガスなどの化石燃料はもともとは太古の昔に死んだ微生物や動植物などの有機物のかたまりです。しかし、今日、地球環境に与える問題がいくつも発生しています。そこで、代替燃料の主役として微生物が注目されています。
(1)バイオエタノール
酵母菌や特定の細菌を使い、デンプンや糖類からアルコール発酵によってエタノールを生産する。
(2)バイオディーゼル
藻類や特定の菌類が生成する脂質(トリグリセリド)を変換してバイオディーゼルを作る。
(3)バイオメタン
メタン生成菌などの細菌は、植物バイオマス(穀物の残りや木材など)を分解して都市ガスの主成分でもあるメタンを生成する。
(4)バイオプラスチック
いくつかの微生物はPHAと呼ばれる生分解性のプラスチックを生成する。
以上の他にⅢ遺伝子組換えの未来、Ⅳ創薬や治療法の未来についても詳しく解説されています。
分子生物学が導く驚きの未来像!!
2024年9月5日 9:05 カテゴリー:書籍紹介